2日目トラブル

【アムール川にかかる鉄橋】

【悪路が待ち受けるチタへと続く道を示す標識】

 8時半まだ暗い中出発。途中雨に降られるがヒーターに助けられる。走行距離700キロ。

 ビロビジャンの先には、噂のダートが待ち受けており、慣れ始めてスピートが出せるようになった頃、ダートと舗装の切れ目を120キロで飛ばしたため、リアキャリアが破損。バイク本体は無事。現在部品手配中。

初走行500km

 金曜日昼、ウラジヴォストクを出発。大きなカーブの真ん中にロータリーがあったりして、方向が全く掴めない。高速に入る道が分からず、市内を何週もする。

 全く英語が分からないお年寄りに「ハバロフスク!」と言うと、丁寧に身振り手振りで教えてくれ、なんと、高速入り口に先に行って待っていて誘導してくれた。有り難かった。

 初日に20kmぐらいあるダートが次々に現れた。ハバロフスクまであと約200kmというところで日没。クレジットカードが使えるガソリンスタンドがあり、しかも向かいがレストランと宿付きのカフェであることを教えてもらう。一泊600ルーブルだったが、バイクをゲート内に入れるのに、さらに100ルーブル支払った。

 部屋の中で自炊を試みたが、温度が低すぎて、プロパンガスがうまく出てこない。やっと茶を沸かすことができる程度だった。嵩張るガソリンコンロも持って来て正解だった。

書類待ち

【ウラジヴォストク湾の夜明け。】

 Bill of landing 発行に3日、車両通行許可証発行に6時間かかった。

 フェリー繁忙期でなかったなら…、朝一番に通訳が来てくれたら…、昼休みで待たされることがなかったら…、今日中に発行済書類を倉庫に持って行き、車両を受け取れていただろうに。未だに日本的発想が抜けていないようだ。ここはロシアだ。

 朝から曇り。到着日含め4日目になってもいつ通関書類が出来上がって来るか分からない。なんとか今日中に出発したいところだ。

ヴィザレジストレーション完了

 ウラディヴォストクの埠頭での通関必要書類 bill of landing が全く出ないのをイライラして待つうちに、宿泊している Mix Mix Hostel のオーナーが私のパスポートを持って行政窓口に行き、滞在期間の最後の日までの住所登録をしてくれた。きちんとしたホテルやホステルであれば、費用はとられるが、こうした手続きをしてくれる。

 ロシアでは、同一都市に72時間以上滞在する場合には、その都市の行政窓口に行って住所登録をしなければならない。私はオーナーから手続き済みの日付スタンプが入った登録書のコピーを渡され、くれぐれもなくさないように、そうでないと罰金をとられたり、下手をすると出国できなかったりするというアドバイスを貰った。

 少なくともビジネスヴィザの場合、このようにして、最初の72時間滞在地で滞在許可最終日までの登録がしてあれば、その後の滞在都市での登録手続きは任意【付記:むしろ不要。理由は後述】だ。問われたら、登録した宿を拠点にして車で移動しながら活動していることをアピールすれば良い。手続き済みの日付スタンプの入った登録書類のコピーは、いつもパスポートと一緒に所持していなければならない。パスポートを見せると、レジストレーションは?と必ずと言っていいほど聞かれる。

 登録書類のオリジナルは、出国時期にもう一度、宿主が手続きをしなければならないため、ホテルやホステルに残る。そうでないとホステルのオーナーが罰金を払わねばならない。オリジナルを本人が持っていたりすると、手続き不備のために本人が罰金をとられる。

 なぜこのような住民登録手続きに宿泊費一泊分相当額を払わねばならないのか、当初は腑に落ちなかった。しかし、こうした厄介な手続きを、きちんと遺漏無くやってもらえるのであれば、決して高くない。

 なお、ロシアでは法律が頻繁に変わり、手続き自体も変わることがある。たとえば、以前はこうした登録手続きは全てオビールに出向かなければ出来なかったが、今は、郵便局で受け付けてもらえるように法律が変わった。しかし、ロシア全国の郵便局窓口にまで徹底されるのに時間がかかっている。

 常に手続きをしてくれる当事者に、丁寧に頼んで、本当にそれで良いのかどうか「再確認」をしてもらうことが肝要だ。

ルーシー号最終便

 埠頭に出向いて問い合わせをしたら、車両230台は下ろしたが、貨物がまだ28トン残っており bill of landing を作ることができないと言う。車両の書類作成は、貨物をすべておろしてからで無いと始まらない。また単車の書類は、自動車の書類すべてを作り終えた後になる。全部確認がとれるまで、書類を先に作り始めるということはしない。

 伏木で全て船に載せるのに三時間で済んだ積み荷が、ロシア側では、いつおろし終わるか見通しさえつかない。こんなに荷物が多いのは、大型船RUS号によるシーズン最終便だからで、いつもはガラガラだそうだ。出発は明日以降となった。

ウラジヴォストク到着

 月曜朝9時定刻通りに接岸。日本人2人とベルギー人2人だけのために体温計測班がやって来る。インフルエンザにかかっていないかを調べるためだ。

 ボリショイサーカースの帰国メンバーと一緒になったため、船内はかなりの人で混雑していたのだが、たった4人のために下船まで2時間も待たされても、さすがロシア人、誰一人として文句を言わない。待つということに関するロシア人の辛抱強さは、敬服に値する。

出国通関手続き完了

 仙台から富山市の伏木[fusiki]港まで、見送りの妻を乗せ、片道約500kmをタンデムでツーリングした。快晴に恵まれ、刈り入れを待つ黄金の景色を眺めながら、蔵王、南陽、小国、新発田、新潟と国道を走り、途中、道の駅の温泉に立ち寄り、糸魚川フォッサマグナ温泉で一泊した。

 2日目は雨でペースがかなり落ちたが、なんとか通関の時間までに伏木[fusiki]港に辿り着くことができた。

 午後2時に運送事務所に入り、通関手続きが終わったのが4時半で、ほとんどが待ち時間だった。作業としては、一時輸出証明書に車両情報と荷物の内容を書き込み、それを運送事務所の担当者と一緒に大阪通関の伏木派出所に持って行き、スタンプを押してもらうだけだった。

 冬前のかけこみ需要が多かったらしく、長時間待たされた代わりに、通関と搬入の手数料を半額にしてもらった。フェリーシーズンは終わりで、RUS号での運行は今年はこれが最後ということだった。